日本のものづくり品質を維持するためには、海外工場要員の教育が欠かせません。しかし、コロナ禍における海外出張のハードルは高く、これまでの教育フローが適用できなくなった職場は多いのではないでしょうか。今回はいすゞテクノで、いすゞグループの教育事業に携わるお二方をお招きし、実際にコロナ禍で直面した海外人材教育に関する課題を伺い、その問題解決へのアプローチについてお話しいただきました。双方向リアルタイムコミュニケーションツール「SynQ Remote」を提供するクアンドの梅田執行役員CROにファシリテーションいただき、コロナ禍における人材教育について考えました。
登壇者紹介
■株式会社いすゞテクノ 販社営業部/教育事業部 部長 太田 英行
1979年 いすゞ自動車に入社。トラックの足回り組立作業に従事
2004年 課長職(マネージャー)に昇格PT関係(ENG.AXLE.MISS)課長職に従事
2015年 工場長として、海外赴任(フィリピン)5年間
2020年 いすゞ自動車定年退職
2020年 現在のいすゞテクノ再雇用として従事
■株式会社いすゞテクノ 教育事業部 教育事業課 課長 吉澤 隆
1979年 いすゞ自動車に入社。車のボディーを作るプレス金型の制作に従事
1995年 トランスミッション機械加工ショップに異動
2009年 課長に昇格後、2014年にアルミ鋳造課へ異動
2017年 トラック足回り(AXLE)機械加工に従事
2021年 定年を機に、現在のいすゞテクノ教育事業部で教育に従事
■株式会社クアンド 執行役員CRO 梅田 絢子
■株式会社東京ファクトリー 代表取締役CEO 池 実
コロナ禍で直面した海外工場要員教育の課題 〜いすゞテクノ、クアンド〜
海外工場で直面した課題
コロナの影響によって、技術者が日本から直接海外工場に赴くことができなくなり、当初計画していた教育計画は全て中止となりました。このような中で「海外工場内でいかに質の高い教育を実現できるか」が一番の課題でした。
コロナ禍初期には、海外駐在員や以前日本で教育を受けた実習生が教育を実施していました。しかし駐在員の得意分野が偏っていることや、元々の仕事の合間を縫って教育を行うため時間が限られていること、そもそも駐在員の人数が少ないことが影響してなかなか思い通りの教育は実現できませんでした。一方、元実習生には「身につけたスキルは自分のためだけのもの」という考えがあり、周囲に惜しみなく伝えることに抵抗があるという風土がありました。
課題の深掘りと解決へのアプローチ
いすゞグループの全体会議においても「海外工場要員の教育ができておらず、駐在員が困っている」という話が共有されました。そこで、いすゞグループの教育を扱っている弊社がその情報を吸い上げ、問題の深掘りを実施しました。その結果、ふたつの大きな原因があることがわかりました。
ひとつ目の原因は、海外の現場担当者がQCストーリー(製品製造過程における、問題発生の原因分析から解決までのアプローチを行う手法)を身につけておらず、適切な問題解決が実践できていないことでした。製造現場ではあらゆる問題が発生します。現場担当者はその都度対策を実施し報告してくれますが、それに対して駐在員が細かくヒアリングをしていくと、全く的外れな対策がなされていたことが頻繁に発覚するのです。
当然現場担当者もQCストーリーについて学んでいるのですが、座学のみの学習に終始しており、知識として知っている程度でした。そのため、それら知識を現場に落とし込む実践的な活用がなされていなかったのです。そこで我々は、まずテスト的に海外工場とのQC実践型トライアルを実施することにしました。リモート環境で海外工場と繋ぎ、工場に関する問題を出題し、現地担当者に現状把握・解決手段を提示してもらい、それに対してフィードバックを行うという内容です。
ふたつ目の原因は、「いすゞのものづくりがしっかり浸透していない」ことでした。知識としては知っているが、腹落ちしておらず、期待する行動が伴っていなかったのです。海外工場では、場所によってそれぞれ風土があります。例えばトップダウンの指示は受けるが、駐在員の言うことは聞いてくれないようなお国柄のエリアも存在します。このような中では、海外工場に対する教育を一律に行うのではなく、その土地に合わせたやり方を考えることが重要だと考えています。
コロナ以前の教育について
コロナ前は日本から講師が現地へ出向いて、1-2週間程度の短期集中型での実践講習を行なっていました。さらに海外からリーダークラスの人材を集めて、日本のものづくり現場を見せて教育することも実施していました。
いずれの教育においても、三現主義(「現場」で「現物」を見て「現実」を認識すること)を重視しており、何が悪いのか?どうすれば良いのか?を、まず本人たちに考えさせてから正しい方向に誘導していきます。
いすゞのものづくりは金太郎飴に例えられることが多いです。どこへ行っても誰がやっても同じ品質で仕事できるのが特徴です。しかし、コロナ禍となってこのような状態を保てなくなるという危機感がありました。
リモートツールを活用した海外工場の教育 〜いすゞテクノ、クアンド〜
コロナ禍の海外工場において、いすゞのものづくり教育が行えず品質の担保ができない危機に陥った時、解決策として「リモートでの現場教育」を思いつきました。学習塾などがリモート授業できるのであれば、いすゞ内にも展開できるのではないか?と考えたのがきっかけです。
はじめはMicrosoft TeamsやLINEといった、一般的に広く普及しているリモートコミュニケーションツールを使用しました。これらのツールは、座学を行う分には十分でした。しかし、現場現認や状況共有といったコミュニケーションは思った以上にうまくいかず、特に通訳を介しながらの会話はお互いに伝えたいことが伝わっているのか全く見当がつかない程でした。
そこで、現場に特化したツールを調べることにしました。しかしどれもこれも導入コストが高く、困っていたところで出会ったのがクアンド社のSynQ Remote(シンクリモート)でした。試しに1週間レンタル試用してみると、画面のポインタなどの機能の使い勝手が良く、私たちのユースケースに適していました。
リモートツールを使った遠隔教育の課題
私たちのユースケースにおいては、端末を現場に持ち込んで写真撮影などを行なって現場と遠隔地でコミュニケーションを行います。写真などのデータをクラウド上に保存するため、ひとつ間違えば情報漏洩につながる恐れがあり、セキュリティ面での課題がありました。
これに関しては、①多要素認証を入れる、②管理者権限を設定するというふたつの対策を実施したことで乗り越える目処が立ってきました。
もうひとつの課題は通訳の問題です。ものづくり現場では専門用語が飛び交うため、通訳自身にそれらの専門性が求められます。しかし、そのような通訳はほとんどいないのが現状です。現地での講習であれば、ボディーランゲージでなんとか通じる部分が多くありましたが、リモート環境となるとそうはいきません。この問題に関しても、これからトライアンドエラーを積み重ねて改善していきたいと考えています。
リモートツールを使った遠隔教育の利点
リモートツールを使った遠隔教育の利点は、コスト削減です。渡航費・滞在費を抑えられるので、これまで1週間しか取れなかった講習期間を2週間、3週間と取れるようになりました。また、リモートになったことで講習の日程調整が楽になりました。さらに、社内に講師が足りていないという事情もあり、あらゆる現場を同じ熟練した講師が同時に担当できるようになりました。定常的に開催されていた進捗確認会議などにおいても、これまで実施していなかった、実際の現場を見てのタイムリーなディスカッションができるようになったことも大きなメリットといえます。
コロナ禍が明けたあとは、リモートの良いところと現地講習の良いところを併せたハイブリット式を実施していこうと考えています。
SaaSを活用した非同期での海外工場の遠隔管理・教育について 〜東京ファクトリー〜
「SynQ Remote」は、接続先と接続元を同期して使うリアルタイムコミュニケーションを中心としたサービスですが、弊社が開発する「Proceedクラウド」は、非同期で海外工場の遠隔管理・教育を実施することに適したサービスです。
コロナ禍が長期化した影響で、普段国内にいるスーパーバイザーなどがクイックに海外生産現場に出向き、進捗状況を確認・改善することが叶わないため、サプライチェーンの管理難易度は上昇しています。このような状況においては、海外の製造現場の可視化は最重要課題といえます。
一方で、生産現場が抱えている課題として「情報の分散」が挙げられます。日報や現場の掲示板、工数集計システム、メールやPCローカルフォルダなど、情報があらゆるところに分散しているため、振り返り・改善や、情報共有・可視化が困難な状況なのです。そのため、製造現場自身に現場の見える化や改善を期待しても、なかなか前へ進んでいかないというのが現状です。
このような中でProceedクラウドは、現場で撮影される工程写真をベースに製造情報のデータベースを構築し、サプライチェーンの可視化を実現できます。これによって、海外であっても現場の状況を簡単に見える化できるのです。
製造現場では、日々さまざまな写真が撮影されています。これまでこれらの多くは雑多に整理され、個人PC内に保存されているだけでした。しかしProceedクラウドを活用すると、スマートフォンアプリで撮影された現場写真はクラウド上にアップロードされ、例えば縦軸:部材、横軸:工程といった2軸のタグが付与され、Webブラウザ上のビューワに自動的に整列されます。
時系列順に写真を並べてガントチャート状の工程表とリンクさせることも簡単にできるため、日本にいる管理者はひと目みるだけで現場の進捗状況を把握することが可能となります。Proceedクラウド上の写真には書き込みやコメントを付加することもできるため、写真上で技術指導なども行えます。
現在は、実際にプラントエンジニアリング会社に採用していただき、海外ベンダーの品質・納期管理のためのツールとして活用されています。
また国内においては、町工場での暗黙知の伝承・教育ツールとして活用されています。手順書やマニュアルといったドキュメントが整備されていない工場において、Proceedクラウドでベテランの作業を記録し、それを並べることで手順書代わりとすることで、作業の標準化を実現できたとの声をいただいています。
